板東英二さん 今も残る甲子園の記録 「1試合25奪三振」「83奪三振」板東さんきっかけに規定見直し

徳島商時代の板東英二さんの貴重なピッチング姿

  元プロ野球選手でタレントの板東英二(ばんどう・えいじ)さんが慢性心不全のため死去したことが28日、分かった。86歳。徳島商時代に甲子園で数々の記録を打ち立てて伝説の投手となり、卒業後は中日で活躍。現役引退後はタレントへと転身し、明るく親しみやすいキャラクターと軽快な話術でお茶の間に愛された。 【写真あり】楽天監督時代の星野仙一さん(右)と談笑する板東英二さん  板東さんは1940年4月5日、旧満州生まれ。戦後は徳島で育った。徳島商ではエースとして活躍し、1958年の全国高校野球選手権大会では魚津(富山)との準々決勝で大会新記録となる1試合25奪三振をマーク。6試合で83奪三振し、この記録は現在も大会記録として残っている。  1959年に中日ドラゴンズへ入団し「ON」とほぼ同時代に活躍。1969年に現役を引退し、タレントへ転身した。  タレントとしては軽妙なトークを武器に、司会者やコメンテーターとして数多くの番組に出演。さらに俳優としても89年公開の「あ・うん」の演技で90年日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど、多彩な活躍を見せた。  《全6戦完投準V》▽板東英二さんの58年甲子園 同年の春季四国大会で板東さんが延長25回を投げたことをきっかけに規定が見直され、夏の甲子園で延長18回引き分け再試合制が導入された。準々決勝で徳島商・板東さんと魚津・村椿さんが一歩も譲らず18回まで無失点投球を続け、くしくも適用第1号に。板東さんは翌日の再試合も先発し、1失点完投で勝利に貢献した。作新学院との準決勝でも1失点完投したが、決勝では力尽き柳井に7失点。6試合62イニングを1人で投げ抜き、83奪三振を積み上げた。

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